こんにちは、Carnegieです。
言葉に対してここ最近1年ぐらい、特別な思いを持っています。あれこれ書いてみたいと思います。
言葉については多くの方が関心のあることのはず。私の周りのかたはそういう方が多いです。
これまで言葉を捨ててきた人生の時間を取り戻そ!
私は、子供の頃からつい数年前まで、類義語が嫌いでした。なぜなら、なぜ同じことをいうのにいろんなオプションを持っておく類義語の必要性も感じていなかったからです。形を変え品を変え説明すると、読み手に負担があるだろうし、自分もその都度言葉を選択するのが面倒でした。
また、外国語でも類義語に出会ったとき、なんで二つも言い方があるんだよ!覚えられないじゃないか!的な暗記物をするかのうな感覚でした。
メリットは、知的さに見えると思っていましたが、そのメリットも上記のデメリットの方が大きく感じていました。
そのため、これまで言葉を捨ててきたので、私は語彙が少ないと思います。自分でも、自分の文章に深みが足りないと思っています。
ここ最近、意識が変わりました。言葉を増やし、言葉を多く使ってゆきたい。
これまで言葉に多様性を捨てて来た人生の時間を取り戻したい。
言葉を増やしたいと意識が変わった学び
1つは、勝間和代さんから、「言葉というのは、ほぼ意識と同等、身体知で捉えたもの、つまり無意識が溜まりまくって、その上に意識そうとして出て来たもの」と、教えてもらったからでした。身体知で捉えたものを描写する際に使うものですので、単純ではありません。それぞれの単語には背景、前提、雰囲気や微妙な感覚で使われます。だから、言葉は、そりゃたくさんあっていいと思うようになりました。
言葉が充実すると
内面が充実する
身体で捕らえた感覚、心象風景、感情を出来るだけ忠実に常に言葉で表してみる
感度があがり自分を見失わずにしっくりくる
自分ここにあり
言葉の数や表現は多いと幸せになれるな、これは。。
2つめは、アンガーマネッジメン協会の安藤さんから、言葉と怒りに対する関係を教えてもらったからでした。
怒りにはたくさんの表現がある。自分が感じた怒りをできるだけ忠実に言葉にしてみてください。怒りを表す言葉が、一つだと、声の音量をあげたり、ものを破損したりするのにエネルギーが向いていきます。子供が泣いたり大声をだしたりするのは、言葉の数が足りないからです。自分の怒りを表す表現が多いと、そのようにはなりません。
つまり怒りのコントロールというのは、言葉のコントロールなのです。
その話を聞いたとき、ああああああ、ボキャブラリーを多く持つことのメリットはここにあり!
確かに、なにかイラっとしたときに、その気持ちをありとあらゆる言葉でその怒りや感情を表現して見てください。人に向かって言わなくても、独り言でもいいですし、日記に書くのでもいいです。そうすると、その怒りの不快感が消えていくことを経験すると思います。
これからどうやって語彙や表現を増やしてゆくか?
インプット
先ほどシンプルにするために捨ててきたと書きましたが、それは類義語が暗記物だというイメージを持っていたからです。暗記というと、短期記憶に入れようとすること。そうじゃない。長期記憶と呼ばれるもの。忘れてもよくって、頭のどこかにしまわれて、必要なときにでてくるようなものでいい。
長期記憶にするには、本の多読乱読がいいです。本の一つ一つは大事にするのもいいですが、著者には敬意を払いつつ、沢山の著者と出会い、著者の無意識層の部分をまるっと言語化してくれたものを沢山次から次にいただく。そして、自分の長期記憶に入れていく。
また、最近本の多読を欲する時期がおとづれています。1日1冊は購入しています。
アウトプット
そして、、今度は自分が語り書いていくことで、他の方に自分の無意識層を言語化したものを渡していく。そのリレーをして世の中が豊かになっていくのです。ストーリーで自分の身体知を言葉にしていって、魅力ある言葉、ひいては人間になってゆく。
まとめ
ここ数年前まで、多様な言葉を増やすことを避けて来ました。
でも、微妙で繊細な身体知感覚を言葉にしてゆけば、意識層に近いところのことが言葉になり、そしてだんだんと無意識層に近いところの気持ちや感覚を言葉にしてゆけることを、知りました。そうすると、内面が充実し、自分ここにあり感を感じることができます。
また、ネガティブで強い感情の1つである怒りも、言葉の力で扱うことができることも学びました。
本を多読乱読して長期記憶に言葉いっぱいにし、そして、ブログに書いて周りのかたと話して、言葉を増やしていこうと思います。
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